1. HOME
  2. TOPICS一覧
  3. 講演記録
  4. 研究責任者・成松宏人が公開講座に登壇しました①

TOPICS

トピックス

講演記録

研究責任者・成松宏人が公開講座に登壇しました①

研究者の講演記録(前半)

神奈川県立保健福祉大学が5月21日(土)、「『健康』を見つめる」をテーマに、2022年度ヒューマンサービス公開講座(春期)を開催しました。対面でのヒューマンサービス公開講座の開催は3年ぶり。本講座で、コホート研究の責任者であり、同大学院ヘルスイノベーション研究科教授の成松宏人が健康づくりの最先端の話題、コホート研究について講演した内容を、2回に分けてご紹介します。※講演を基に一部加筆して作成。

写真提供:神奈川県立保健福祉大学

講演タイトル「自分で自分の健康をデザインする社会を創る-神奈川みらい未病コホート研究の現場から-」

神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科の教授、神奈川県立がんセンター臨床研究所がん予防・情報学部の部長、そして神奈川県みらい未病コホート研究の研究責任者を務めています。がんセンターでは、遺伝診療科の診療科部長 、医師としても働いています。

内科や外科、整形外科などは一般的ですが、「遺伝診療科」というのは、あまり聞かれたことがないかもしれません。実際、まだ開設してから5年目の新しい診療科ですが、遺伝性のがんについての診療を行っています。このほか、地域健康プランというNPO法人の理事長も務めていまして、研究だけではなく、研究の成果を地域の皆様にお返ししていこうという活動も行っています。

健康づくりに欠かせない「体質」

健康づくりには、日々の食事や運動、それにソーシャルキャピタルと呼ばれる人と人とのつながりなど、様々な要素が必要です。ですが、実はもう一つ、あまり知られていない、とても大切な要素があります。それは、「体質」です。

体質は遺伝的な要因で決まることが多いのですが、2000年に一人ひとり異なる遺伝子の情報、いわゆる“ヒトゲノム”をほぼ解析できるようになりました。ゲノム(genome)を解析すれば、「生命の設計図」がわかります。設計図がわかれば、それぞれの遺伝子に基づいた医療も実現できるのではないかということで、ゲノム医療の研究はこの20年で活発になってきました。

証拠に基づく医療から、個別化医療へ

以前は、「Evidence Based Medicine(EBM)=証拠に基づく医療」といって、根拠のあるデータに基づいた治療が推奨されてきました。例えば、ある病気に対して、XとYという薬はどちらが効くか、実験をしてYの方が効いた人が多いとなれば、Yを選ぶ、というように。こうした実験を繰り返して、薬や治療法を進化させてきました。

ですが、現場で患者さんを診断する時、この法則に該当しない場合があります。この方には一般的なYという薬が効かなかったけれど、Xを処方してみると効果が出たということがあります。人によって「体質」は異なりますし、その方の遺伝子の情報が確認できれば、XとYに留まらず、その人により適した薬がわかって、効果的な治療ができるのではないか、ということなのです。

体質はまさに個人差なのですが、個人差は従来までの医療には取り入れられていませんでした。人々に、それぞれの体質に本当に合う薬、治療を提供することができたら、どんなに素晴らしいでしょうか。こうした、あるべき姿を最近では、「個別化治療」「オーダーメイド医療」と呼んでいます。

がん予防でも遺伝の情報が大切

体質は、がんの予防にも大きく関わります。ご存じの通り、今、乳がんがすごく増えています。乳がん予防のために、40歳からマンモグラフィによる乳がん検診が2年に1度、推奨されています。ただそれでも、がんを見逃してしまうこともあり、これをどうにか防ごうと、様々な研究が進んでいます。

例えば、超音波検査を追加する、検診の間隔を短くする、MRI検査を追加する…など。こうして検診を手厚くしたら解決できるのかというと、残念ながらまだそこまでの成果は出ていません。なぜかというと、手厚い検診にはいくつかの問題点があるからです。そのうちの一つとして、乳がんではないも検診で要精密検査というように引っ掛けてしまう可能性が高まる問題があります。これを「偽陽性(ぎようせい)」と言います。

しかし、もしあらかじめ、遺伝情報によって、その方が「乳がんになりやすい体質」だとわかっていれば、どうでしょう?そういう方には、特に手厚く検診を案内していくことができます。乳がんでない人を誤って陽性と判定するデメリットを防ぎ、本来確率が高い人に対して検診を行うことで、早期発見・早期治療ができるのです。遺伝情報はそういう意味で、非常に重要な健康づくりの要素と言えます。

2003年にはヒトの遺伝情報が解読できるようになり、研究者らは遺伝情報を活用した個別化医療が急速に進むと予想しました。一部の医療は確かに進みましたが、実際には、遺伝情報を把握してそれに基づいた医療を行う、いわゆる「ゲノム医療」はまだあまり一般的になっていません。それは、なぜなのでしょうか。

病気は遺伝(体質)+環境要因(生活習慣)によって発症

この理由を解き明かす、もう一つ重要なキーワードがあります。それが、環境要因(生活習慣)です。実は病気は、遺伝(体質)と環境要因(生活習慣)が複雑に絡み合って発症します。もちろん、病気によって、例えば遺伝性腫瘍のように、遺伝が色濃く影響するものもありますが、逆に公害により引き起こされる疾患など、環境要因が原因で病気になる場合もあります。

つまり、科学の進歩で遺伝子の情報だけがわかったとしても、環境要因(生活習慣)がわからなければ、病気の本質は完全に解明できないし、病気の予防法についても万全ではないということなのです。

遺伝子検査のキットが販売され始めた頃、結果は出たものの、そのデータをどう読み込めばいいのか、どう対策したらいいのかわからない、ということで話題になったことがあります。では一体どうしたら、病気やがんの予防ができるのか…。後半では、私たちが運営している神奈川県みらい未病コホート研究をご紹介しながら、この問題に迫っていきます。後半に続く)

(構成:一般社団法人ハイジアコミュニケーション)

 

 

TOPICS一覧